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名古屋高等裁判所 昭和43年(ネ)1001号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人両名の負担とする。

事実

控訴人ら訴訟代理人は「原判決中控訴人ら敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張ならびに証拠関係は次に訂正附加するほか原判決事実摘示と同じであるから、ここにその記載を引用する。

控訴人ら訴訟代理人は次のとおり述べた。

一、本件土地はもともと控訴人伊藤孫一が娘の控訴人〓野さなへに対する「財産分け」として与える目的のもとに昭和三九年二月頃前所有者宮川一夫から買受けて所有するに至つたものであり、破産者〓野光春の所有でないから、同人の破産財団に属すべきものでない。

二、仮りに右土地が控訴人孫一の所有するものでないとしても右土地は同控訴人が控訴人さなへに買い与えたものであり、その所有者は控訴人さなへであつて破産者でない。昭和四三年三月二五日付で同控訴人に右土地の所有権移転登記がなされたが、これにより、実質上の所有者と登記名義人が一致するに至つたにすぎないものである。

三、仮りに本件土地が破産者の所有であるとしても、控訴人孫一には右物件の譲受け当時破産者の債権者を害する意図はなく、また控訴人さなえも控訴人孫一より贈与をうけた当時、贈与者である同控訴人に対する否認の原因があつたことは知らなかつた。

四、以上のとおりであるから被控訴人の本訴請求は理由がない。のみならず、被控訴人の本訴請求は控訴人らの本件土地所有権取得登記の抹消登記手続を訴求するものであるところ、原判決は抹消登記手続の訴求が許されないことを判示しながら、否認登記を許容する判決をしたことは、被控訴人の請求しない事項について給付を命じた違法がある。

五、〓野光春に対する破産申立が昭和三九年一二月七日にされたことは認めるが、その申立書が光春に同月一〇日送達されたか否は知らない。

被控訴人訴訟代理人は、控訴人らの主張事実を否認し、控訴人さなへは控訴人孫一の娘であり、かつ破産者〓野光春の妻であるところ、破産者光春に対する破産申立は昭和三九年一二月七日なされ、同申立書が同人に送達されたのは同年一二月一〇日である。その後破産者は破産宣告前である同四〇年六月一日、破産債権者を害することを知つて控訴人孫一に対し本件土地所有権移転登記をなしたものであり、また控訴人孫一は破産者が支払の停止または破産申立があつた後に右登記をうけたものであるから、売買を原因とする右所有権移転登記行為は破産法第七二条一号ないし四号によつて否認しうべく、控訴人らの間の贈与も同法第八三条一項二号により否認しうるものであると述べた。

双方訴訟代理人は当審において控訴人において新たに証人〓野光春の証言ならびに控訴人本人尋問の結果を援用した。

理由

破産者〓野光春に対し、昭和三九年一二月七日破産申立がなされ、同四一年二月一五日名古屋地方裁判所により破産宣告がなされたこと、本件土地について、破産者から控訴人伊藤孫一に対し昭和四〇年六月一日、同年五月三一日付売買を原因とする所有権移転登記がなされ、更に、同控訴人より控訴人〓野さなへに対し、同四三年三月二五日、同年一月二日付贈与を原因として所有権移転登記がなされていること、控訴人さなへは控訴人孫一の娘であり、破産者の妻であることは当事者間に争がない。

そこで判断するに、公証人の作成部分について当事者間争なく、その余の部分について原審証人〓野光春の供述によりその成立の真正を認めることができる乙第二号証の一ないし四に、原審ならびに当審における証人〓野光春、原審における控訴人本人〓野さなへ、原審ならびに当審における控訴人本人伊藤孫一の各供述(ただし後記措信しない部分を除く)を併せ考えると、次の事実が認められる。すなわち、昭和三九年一月二九日以降、控訴人孫一は光春に資金援助をする方法として、同控訴人が尾西信用金庫稲沢支店に対して有する各種定期預金債権を破産者のため提供し、破産者が同金庫より融資、手形割引等をうけるについて質権を設定していた。そのころ破産者はその住宅用敷地を物色中であつたが、本件土地を、右稲沢支店から融資をえた金を資金として、昭和三九年二月一三日代金約一五〇万円で訴外宮川一夫より買入れ、その所有権を取得した。その後破産者は事業に失敗し、当事者間に争のないように同年一一月三〇日自己引受手形の支払を拒絶し、ついに同年一二月七日破産の申立がされた。その直後である同年一二月中旬頃、右事実を知つた控訴人孫一は破産者および控訴人さなへと相謀り、本件土地所有名義をこのまま放置するときは、いずれ本件土地も債権者らの手に渡つてしまうことをおそれ、破産者や控訴人さなへの将来の居住土地を確保するため、本件土地所有名義を一たん控訴人孫一名義に移転し、時機を見て更にこれを控訴人さなへに贈与することとしてその旨の各移転登記がなされた。以上のように認められる。右認定事実に反する原審ならびに当審における証人〓野光春の証言、原審における控訴人〓野さなへおよび原審ならびに当審における控訴人孫一各本人尋問の結果中右認定に反する部分は前顕各証拠部分と対比して措信し難く、その他右認定事実を覆えし控訴人らの主張事実を認めさせるに足る証拠はない。

右認定事実によれば破産者光春は、まさに破産債権者を害するものであることを知悉して自己の所有する本件土地を控訴人孫一に対し売買名下に所有権移転登記をなしたものであり、控訴人孫一もまた当時右処分が破産債権者を害すべきものであることを知つていたものというべきことは明らかであり、控訴人孫一においてこれを知つていなかつたとの控訴人らの抗弁は採用しがたい。かくて破産者光春が控訴人に対し本件土地について所有権を移転した行為は破産法第七二条一号により、破産管財人たる被控訴人において否認しうるものといわねばならない。

またさきに認定した事実によれば、控訴人さなへは本件土地を贈与により転得したものであり、その取得の当時破産者の妻であつたことは当事者間に争のないところである。同控訴人は破産者の前記行為に否認の原因あることを知らなかつたと主張するが原審における同控訴人本人尋問の結果中右主張にそう部分は措信できず、却つて前記認定事実によれば同控訴人において控訴人孫一に対する前記否認の原因のあることを知つていたものということができる。

ところで、破産法上登記の原因行為が否認された場合は、登記原因否認を肯認する確定判決に基づき破産管財人において破産法第一二三条所定の否認の登記をなすべきであり、抹消登記の方法によるべきものではないと解される。破産法上の否認は否認された行為の効力を失わせ、直ちに破産財団を原状に回復させる物権的効力を有するものであるとはいえ、それは破産財団との関係で、しかも破産状態の存する限りのものなのであり、破産は取消、廃止、終結などしたときは、右否認の効果も当然消滅すべきものであるので、かかる物権変動を抹消登記を以て公示するのは相当でない。しかし、否認された行為により破産者から相手方に移転した財産は財団に復帰するものであるから、否認登記といえども右趣旨を公示するものである限り破産法上財団に復帰した財産を配当のため換価した場合、破産者から譲受人への移転登記をすることも可能であるというべく換価するために抹消登記をしなければこれをなしえないということはできないわけである。

この観点から本件を見ると、破産者と控訴人孫一間、および控訴人ら間の各所有権移転登記については、否認の登記がなされるべきであり、抹消登記をすることはできないものと解すべきところ、被控訴人は右各登記の抹消登記手続を求めているのではあるが、その第一審以来の弁論の全趣旨から見ると被控訴人の本訴請求の趣旨中には否認登記手続を求める趣旨も含むものと解しえられないでもない。そうすると原判決が否認登記を認容した部分は結局相当として維持すべきであり、その部分の取消を求める本件控訴は理由がない。

よつて民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条、第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

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